有明・八代海の再生そして環境と防災との調和

沿岸域環境科学教育研究センター 滝川 清

平成18年10月11日(水)

概要

有明海、八代海、東京湾、伊勢湾、瀬戸内海のような閉鎖性水域や各地の沿岸域の環境質、生態系、生物生産基盤の劣化は目に余るものがある。
わが国が、安心して生活できる国、安全な国であるには、自然災害に対する防災基盤整備とともに生物生産基盤を維持し、国民のための食糧確保が危機状態においても可能なようにし、合わせて、国土の環境が生態系を保持しうる状況になければならない。このための努力は、各府省、各分野、各地にてなされているが、効果が目に見えるまでには残念ながら至っていない。環境や生態系の再生は、これらが自己修復機能を有している間に、つまり生物群やその生息環境が復元できる状況にある間になされなければならない。

本研究は、有明海・八代海を対象とするが、この海域では陸域からの栄養塩や有機物の流入量は既にかなり減少しているにもかかわらず回復の兆候を見せずに悪化の傾向を示している。この意味で、自己修復機能はかなり低下しており、環境劣化のスパイラルに入り込んでいる。海域で生物生産を持続的にするには、海域を利用する各分野の従事者の努力に加えて、陸域からの各種物質の発生・輸送・負荷の過程全域にわたり制御する技術システムと社会システムが必要である。具体的な改善目標を設定し、それを達成するために俯瞰的立場から科学的知見を駆使することは、この海域にとって焦眉の急である。

有明海・八代海再生のための特別措置法(平成14年11月29日)が制定され、各府省の連携により施策が実施され始めている。しかしながら、研究は、個々の事象解明のためのものや、環境修復でもある側面のみに注目したものがほとんどである。各府省所轄の研究機関はそれぞれに課された研究課題の範疇を限定的に扱うことがほとんどで、対象とする閉鎖性水域全分野を視野に入れて研究課題の範疇を定めることには制度上無理がある。
また、環境改善に、現象解明や基幹技術開発のような基礎的な研究を積極的に経費と時間をかけても、直接つながっていないのが実態である。

また、地球温暖化の影響により水温の上昇、海面上昇にともなう災害がすでに深刻化してきているが、大気環境の変化による気候変化、豪雨と渇水など両極端な現象の長期化と災害の巨大化が顕著に現れ、最近では、1999年9月の不知火海高潮災害、2003年7月の水俣「土石流災害」、2004年には史上最大10個の台風上陸を記録、これに伴う豪雨・強風・高潮・高波による災害、また、同じく2004年10月の新潟県中越地震災害、2004年12月に はスマトラ沖津波・地震災害、2005年8月には、米国メキシコ湾岸を襲ったハリケーン・カトリーナなど、巨大災害の頻発化とともに同時発生(複合災害)が相次いでいる。

台風の常襲地帯でもある熊本県下では、強風、豪雨による洪水、土砂災害、また高潮・高波等の海象災害などに悩まされ、自然災害に対する防災・安全対策は欠かすことができない。その反面、台風9918号による高潮災害に見られるような高潮対策のための海岸堤防等の防災構造物の建設が自然環境を阻害している面もある。まさに、この有明・八代海が直面する、二律相反した"環境と防災"の調和に関する早急な学術的・技術的対応を、緊急かつ積極的に行わねばならない。

すなわち、この海域では、「環境」と「防災」という相反する課題に直面している事実があり、環境あるいは防災のどちらかを選択するというような単純な課題ではなく、如何にして、この相反する、環境と防災に対処していくかという新たな課題があることを見据えなければならない。災害に強く安全でかつ環境と調和した、個性ある地域創りに関する早急な学術的、技術的対応へのマスタープラン作りを早急に創り上げねばならない。
本講演会では、有明海・八代海の海域環境及び防災に関する殆ど全ての国(各省庁)・県の委員会の委員長・委員(約40)を勤める立場を通して、その対策や政策への方向性を探り、提言する。

このページの先頭へ