有明海・八代海の生物と環境

熊本大学沿岸域環境科学教育研究センター 逸見(へんみ)泰久

平成19年11月7日(水)

熊本県は、干潟面積日本一の県である。戦後約3千haの干潟が埋め立てられたが、現存干潟面積は約1万2千haで、2位の佐賀県(約1万 ha)を大きく引き離している。これらの干潟の大部分は、有明海・八代海に広がっているが、そこは、アサリ・ハマグリ・クルマエビ・スズキ・ノリなど、豊かな海の幸を育む宝の海である。また、東京湾・瀬戸内海などでは絶滅・激減した生物(シマヘナタリ・ハマグリなど)が豊富に生息する生物多様性の宝庫でもある。

しかし、1980年代以降、有明海・八代海の環境は急激に悪化し、漁獲量も激減した。アサリは、1980年前後には熊本県だけで年間約6万tの漁獲があったが、現在は5千t以下に過ぎない。ハマグリも漁獲量が過去25年間で約20分の1に激減した。アゲマキ・タイラギに至っては、近年ほとんど漁獲がなく、休漁状態である。クルマエビは放流しても育たず、ノリも色落ち・不作が頻発し、不安定な生産が続いている。さらに、有明海特産種(アリアケシラウオ・オオシャミセンガイなど)の大部分は、絶滅が危惧されるほどに激減し、その一方で、外来種(シマメノウフネガイ・カラムシロなど)の侵入が相次いでいる。

今年度の市民講座では、熊本大学政策創造研究プロジェクトとしても取り組んでいるハマグリの資源管理と塩性湿地の保全を中心に講演を行った。

1.ハマグリの資源管理

ハマグリ類は、日本を始めとする東アジアの人々にとって、欠くことのできない食材である(写真1)。縄文時代(約8,000年前)の貝塚から産出する貝類のベスト5は、ハマグリ類・カキ類・アカニシ・アサリ・サルボウの順で、日本の多くの地域の人々がハマグリ類から多大な恩恵を受けていたことがわかる。日本国内には、ハマグリMeretrix lusoriaとチョウセンハマグリM. lamarckiiの2種が生息する。このうち、ハマグリは、各地の干潟に最も普通に生息する二枚貝であったが、現在、多くの地域で絶滅状態であり、様々なレッドデータブックに、絶滅の危険がある種としてリストアップされている。また、外洋に面した海浜や潮下帯に生息するチョウセンハマグリの漁獲量も年々減少している。

1970年代には全国で年3,000〜9,000tあったハマグリの漁獲量は、1990年代には1,500tを割り込んでいる。ハマグリ漁獲量日本一の熊本県でも、近年漁獲量は大幅に激減している。我々は、ハマグリ激減の原因を明らかにするために、福岡県加布里湾と熊本市白川河口で2006年1月より定量採集を行い、分布や成長を比較している。ちなみに、加布里湾では厳密な漁獲管理が行われており、人為的影響が小さい(殻長制限:5cm以上、漁期:11月〜翌年3月、漁獲の制限:1人1日10kg以内、漁業区の制定)。そのためか、ハマグリ密度が異常に高く、殻長3cm以上のハマグリに限定しても、平均35個体/u前後が生息している。一方、緑川・白川河口は国内最大のハマグリ生産地であるが、漁獲に関する制限は殻長制限(3cm以上)しかなく、乱獲のためか、殻長3cm以上のハマグリは高密度域でも3個体/u程度に過ぎない。なお、殻長3cm未満のハマグリの密度は、加布里と白川河口で、それぞれ200個体/uと120個体/uで大型のハマグリの密度に比べれば差は小さい。さらに、分布調査の結果、いずれの海域においても、「ハマグリの稚貝は河川内の砂底に定着し、成長とともに海域に移動する」ことが明らかになった。このことは、ダムの建設や川砂採砂等による河川内の泥化がハマグリ個体群に深刻な影響を与えることを意味する。このように、緑川・白川におけるハマグリの激減には、乱獲と河口域の環境悪化(特に泥化)が強く影響していると考えられる。

2.塩性湿地の保全

全国的に激減している塩性湿地の環境を保全するために、護岸堤防によって消滅する塩生植物の移植とモニタリング、さらに、現在計画されている埋立地に新たな塩性湿地を創生するミチゲーション案の策定を行っている。塩性湿地は、河岸や干潟最上部に成立する環境で、急激な塩分の変化に適応した特有の生物相が成立している。例えば、熊本県では、シオクグ・フクド・ハママツナといった耐塩性の強い塩生植物や、ヘナタリ類・オカミミガイ類・シオマネキなどの底生動物が生育棲息している。ただし、塩性湿地は人間の生活圏に隣接して成立するため、人間生活の影響を強く受け、その多くが消滅あるいは悪化している。そして、その結果、塩性湿地の塩生植物や底生動物の多くが、絶滅、あるいは絶滅の危機に瀕している。

塩生植物の移植とモニタリングは、八代海北岸の桂原で行った。八代海北岸では、1999年の台風18号による高潮災害以降、護岸改修工事や水門の増設が盛んに行われるようになり、塩性湿地や周辺の干潟の消失・悪化が続いている。塩生植物の移植は、桂原の入り江部と海岸部で行った。入り江部では、地盤高を変えてヨシを移植し、その後のヨシの成長と周辺の巻貝の分布を追跡した。その結果、塩生植物の移植には、移植時期と地盤高が重要であることがわかった。海岸部では、ナガミノオニシバ・ハマサジ・ハママツナを移植した(写真2)。初年度の2006年は台風13号の高潮により,一部の植物が流失したが、今年度は順調に生育している。

また、埋立地におけるミチゲーション案の作成を、熊本市の塩屋海岸で行った。塩屋海岸では、生物相の豊かな塩性湿地が過去の埋め立てにより消滅している。そのため、塩屋海岸では、生物の移植ではなく、どのような湿地を創れば、どのような塩生植物や底生動物が移入してくるのかを前もって予測した。まだ、ミチゲーション案は未完成で、改良を重ねて行かなくてはならない段階である。今後も事業者の熊本県やアセスメントを委託されている(株)西日本技術開発と研究・協議を進め、有効なミチゲーション案を完成したい。


写真1 熊本市白川河口のハマグリMeretrix lusoria


写真2 塩生植物の移植(八代海)

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