干潟底生生物の環境改変能力

熊本大学沿岸域環境科学教育研究センター 嶋永 元裕

平成19年10月24日(水)

大きな河口や内湾に発達する干潟は、アサリなどの有用生物の苗床であると同時に、堆積した有機物を分解する浄化槽としての環境サービスを人類に提供する。この干潟の堆積物表面、あるいは内部に生息する底生生物(ベントス)は、体の大きさによって幾つかのグループに分けられる。メイオファウナは1mmの篩を通過する小型底生生物の総称である。干潟における彼らの生物量は大型底生生物(マクロファウナ:1mm以上の体サイズ)の数分の一だが、世代交代時間が短いため、その生物生産量は、マクロファウナに匹敵、あるいはそれを凌駕する。従って、干潟における彼らの群集構造を解明する事は干潟生態系を理解する上で必要不可欠であるといえる。一方、生産量でメイオファウナや微生物に劣る場合があるものの、マクロファウナには、小型生物では不可能な、干潟内の構造を大規模に改変する能力がある。

沿岸堆積物中では、マクロファウナがより小型のベントスの生物量を増大するように堆積物環境を改変する事、すなわち助長作用をもたらす事が非常に多い。例えば、北海の干潟に普遍的に生息するタマシキゴカイの1種のU字型巣穴は、堆積物中の還元層を貫く形で形成されるが、この巣穴の周りには薄い酸化層が形成され、様々な好気性のメイオファウナが巣穴内の微細構造を種特異的に利用しており、その結果、干潟全体のメイオファウナの種多様性の増加に、これらの巣穴が貢献している事が報告されている(ライゼ 1985)。 

一方、マクロファウナの活動が、メイオファウナに明らかにマイナスの作用をもたらす例も知られている。シオマネキ、コメツキガニなどのスナガニ類の仲間は、干潟に普遍的に分布するカニ類であるが、ノースキャロライナ州では、シオマネキの一種(Uca pugilator)の捕食により、一回の潮周期で堆積物表層(0-5mm)のメイオファウナが60%減少する事が報告されている(Reinsel 2004)。しかし他方で、熱帯の干潟に生息する3種類の甲殻類(コメツキガ二類・シオマネキ類・スナモグリ類)と腕足類の巣穴内では、近傍の堆積物よりメイオファウナ全体、あるいは特定の分類群の個体数が多かったという報告もある(Dittmann 1996)。

したがって、スナガニ類の巣穴にも、タマシキゴカイの場合と同様に、メイオファウナに対する助長作用があると思われるが、スナガニ類に関しては、巣穴の周りのメイオファウナの微小空間分布、それの堆積物深度に沿った垂直変化、及び潮の周期に沿った時間変動を包括的に解析した研究例は少ないのが現状である。

スナガニ類のメイオファウナに対する助長作用を明らかにするために、私は、天草諸島の前島に所在する合津マリンステーション前の干潟において、ハクセンシオマネキとコメツキガ二の巣穴周囲のメイオファウナの微小分布の調査を開始した(図1)。調査に当たっては、以下の二つの作業仮説を念頭に置いている。

仮説1.堆積物表層は,カニの摂餌活動により撹乱される。したがって、堆積物表層では,巣穴から離れるほどメイオファウナが多くなる。

仮説2.堆積物深層では、巣穴に近いほど酸素濃度が高いと思われる。したがって、堆積物深層では、巣穴から離れるほどメイオファウナが少なくなる

調査は始まったばかりのため、ハッキリした事は言えないものの、今のところ、仮説1に関しては否定的な、仮説2に関しては肯定的なデータが示されている。さらに研究を進めて,より詳しい解析結果を近い将来に発表したい。

参考文献

ライゼ K 1985, 干潟の実験生物学(倉田博訳),生物研究社,東京.
Reinsel KA 2004, Journal of Experimental Marine Biology and Ecology, 313, P1-17.
Dittmann S 1996, Marine Ecology Progress Series, 134, P119-130.

このページの先頭へ