熊本大学沿岸域環境科学教育研究センター
准教授・秋元 和實
平成24年10月31日(水)
巨大津波による地形および底質の変化は、地層中の津波記録を解析する上でのモダンアナログといえる。津波襲来前後の地形・底質の変化、沿岸・浅海域の津波堆積物、および陸域から流入した瓦礫および石油による環境負荷の研究は、少ない。これらの情報を取得し、地層中の津波堆積物の解析基準の高精度化は、防災・減災対策に活用する上で重要である。
調査海域である気仙沼湾は、東湾 (水深30m)と西湾 (水深7-20m)に分かれ、両者は水深40mに達する大島瀬戸でつながり、地理的特徴が異なる。しかし、湾の堆積物は主に泥であり、過去の津波堆積物の特定に活用できる情報が容易に取得できる。さらに、気仙沼湾をモデルケースに、農林水産省 (http://www.jfa.maff.go.jp/j/gyoko_gyozyo/g_hourei/pdf/0525_shiryou6_8.pdf)および国土交通省(http://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/past_shinngikai/kaigandukuri/gijutsu-kondan/tsunami/shiryou02.pdf)による津波シミュレーションが行われている。予想されている流速分布と実際の地形・底質の変化を比較することで、シミュレーションの精度を検証できる。
宮城県および宮城県漁業協同組合は、早期の漁場回復、漁業産業再生、さらに雇用創成に向けて、流失した石油タンクから漏出した油による2次被害を防ぎつつ、瓦礫を撤去して、養殖 (ワカメ、牡蛎、ホヤ、アワビなど)事業などの復活を目指していた。海中に残る瓦礫の効率の良い撤去のために、海中のインフラ (港湾や養殖施設など)や漁場の被災状況とともに、瓦礫の量、種類、位置の正確な情報が希求されていた。
そこで、音響解析装置で水深および音響反射強度を収集し、地形図と底質・瓦礫の分布図を作成し、これらに基づいて津波による地形および底質の変化を明らかにした。
湾周辺の地盤は。震災前に比べて約0.7m低下している。このため、津波によって海底が洗掘されるとこの値より深くなり、堆積すると小さくなる。
津波による洗掘は、西湾奥部 (気仙沼港および狭窄部)ならびに大島瀬戸に限定される。気仙沼港では、東側に湾軸に平行な水深8m以浅の高まりが、西側には南北の窪地が延びる。西側の窪地は水深9m以深 (峰が崎沖で16mに達する)であり、西側で窪地が発達する。狭窄部 (峰が崎−小々汐沖)では、この窪地から南東に向かって浅くなる。狭窄部以南には、襲来前に狭窄部と水深が同じ海底もあったが、水深の変化は沈降量と一致していた。大島瀬戸では、水深40mを超える場所は、震災前には西端 (松明鼻沖)に限られていたが、震災後には西半分に広がっていた。東湾の水深も、西湾同様に地盤沈降量と一致していた。したがって、洗掘は、水深よりも、狭い屈曲した地形の範囲で発生したことを示している。
西湾の狭窄部および南東部 (大島西岸沖)には、湾軸に直交するデューンが発達する。南東部では、デューンの高まりは音響が強く反射する高密度の粗粒堆積物 (瓦礫の含有量は不明)で、谷は反射が弱く低密度の泥から構成される。漁民への聞き取りで、震災前の湾内には泥が分布し、さらに南西部では引波時に海底が露出したことが明らかになった。このことから、引き波で南東部に集積した瓦礫がデューンを形成していると推定される。屈曲部には流木を含む粗粒堆積物が認められた。デューンを構成する堆積物の厚さ (最大値)は、狭窄部で5m、南東部で約2mである。
音響の反射強度は、湾奥、中央 (大川河口)および南西部では中程度であり、中央では弱い。反射強度が底質中の高密度・粗粒物質の量と相関することから、湾奥、大川河口と南西部には、砂あるいは高密度の粒子 (瓦礫)が混じる泥が、大島瀬戸、東湾には泥が分布する。
津波の引き波によって、流入した大型の瓦礫は、気仙沼港、西湾中央部 (大川河口ー大島瀬戸)および大島瀬戸東部に分布する。これらの位置情報を宮城県に提供し、その結果として浮き桟橋1、漁船1 (図1)、石油タンク2 (図2)が回収された。
さらに、津波襲来後に堆積物が集積し、地層探査機の音波がその不規則な海底面で反射される気仙沼港東部において、音響機器で把握できない小型の瓦礫の分布を、遠隔操作型無人ロボットを用いて目視観測した。その結果、細かな瓦礫 (内容物が不明の瓶および缶、パイプ、漁具など) が分布することが明らかになった。
西湾では、10底質試料中で、気仙沼港および中央部の4地点で、油分が水産用水基準 (底質試料の乾燥重量の0.1%以下)を超えていた。気仙沼港では、砕屑物が再堆積している場所で、油分の値が増加している。このことは、大量の油が混じる堆積物が分布する中央部でも、砕屑粒子が懸濁した場合、潮汐によって大島瀬戸を通じて東湾に油が流入する可能性を示している。
今年度から文部科学省が始める「東北マリンサイエンス拠点形成事業(新たな産業の創出につながる技術開発)」では、この予想を基に「漁場再生ニーズに応える汚染海底浄化システムの構築(熊本大学・東京海洋大学共催)」で海底に堆積している油を回収する。
謝辞
本調査は、「平成23-25年度震災復興・日本再生事業」において、地域経済の回復・再生・創成に向けた世界最先端観測機器による水中環境調査事業」 (熊本大学・国立大学協会共催)として採択された課題であり、熊本大学学長裁量費および国立大学協会支援費を調査費として使用した。