2003年3月6日(木)実施
養殖ノリは有明海・八代海における重要な水産資源のひとつですが、平成12年には深刻な"色落ち"問題などで生産量が激減し社会問題となりました。熊本大学では平成13年の沿岸域環境科学教育研究センター設置を機に、ノリについて基礎研究を開始しました。現在、スサビノリの遺伝子について熊本県水産研究センター、県内企業および他大学水産学部の協力のもとに研究を進めています。
今回は、私たちが取組んでいるテーマのうち「養殖ノリの色落ちのメカニズム」についての研究の一端を解説しました。

1.スサビノリとはどのような植物か?
  ノリ養殖に利用されているスサビノリは紅藻類のアマノリ属(Porphyra)に属する海産の藻類です(図1:実験室内で培養しているスサビノリの葉状体および細胞の写真)。
  生物は原核生物と真核生物の二つに大別できます。原核生物では遺伝子の本体であるDNAが裸の状態で細胞内に存在していますが、真核生物ではDNAは核とよばれる膜に包まれた部位に閉じこめられています。植物の進化において、光合成を行う原核生物であるラン藻が植物の祖先となる細胞に取り込まれて、やがて細胞内で共生し現在の葉緑体になったと考えられています(図2)。葉緑体の性質などからスサビノリなどの紅藻は真核生物のなかでもっとも起源の古い植物であると考えられています。

図1
(図1)
図2
(図2)

2.ノリの「色」のしくみとはたらき
  ノリから色素を抽出するとフィコビリン(フィコエリスリン、フィコシアニン)、クロロフィル、カロチノイドの光合成色素が分離できます(図3)。これらは光合成の反応に必要な光を集める装置であるフィコビリソームの構成色素です(図4)。緑藻や陸上植物はフィコビリンをもたず、アンテナ色素としてクロロフィルを使っているため、葉などの光合成器官は緑色をしています。光合成を行うバクテリアの一種であるラン藻やスサビノリの属する紅藻はアンテナ色素としてフィコビリンを使っている点で他の植物群とは異なっています。

図3
(図3)
図4
(図4)

3.ラン藻にみる「色落ちのしくみ」
図5
  ラン藻は窒素やリンなど栄養分が欠乏するとフィコビリソームを分解し、その産物を栄養源として再利用することが知られています(図5)。ラン藻にとって「栄養欠乏による色落ち」は過酷な環境で生き残るための重要な手段といえます。「色落ち能を失った突然変異体」の遺伝子解析により、「色落ちを制御する遺伝子」は多数存在することが明らかになってきました。そのうちでもっとも重要な遺伝子nblAは、通常の成育状態ではその働きが抑制されています。しかし、栄養欠乏になると働きはじめます。遺伝子組み換え技術を使ってラン藻のnblA遺伝子を破壊すると「色落ち能が失われる」ことも証明されています。


4.スサビノリの色落ちのしくみを探る研究
図6
  養殖ノリもラン藻と同様に栄養欠乏になるとフィコビリンが減少することは、およそ20年前に詳しく研究されていました。それによると、フィコビリンの他に、クロロフィルやカロチノイドも減少しています。平成12年末の有明海でみられた色落ちノリも同じ症状を示していました。栄養欠乏によりフィコビリンが減少することから、ノリにもラン藻と同じようなしくみがあるのではないかと考えられました。
  私たちはスサビノリを実験室内で培養し、栄養欠乏により色落ちノリを作り、葉緑体や色素の変化を調べました。窒素欠乏培養液に移して3日後にフィコビリンやクロロフィルが大きく減少していました(図6)
  スサビノリと同じアマノリ属のチシマクロノリでは葉緑体DNAの全塩基配列が決定されています。チシマクロノリやその他の紅藻の葉緑体DNA中にもラン藻のnblAとよく似た遺伝子ycf18が存在していることは知られていましたが、その働きについては調べられていませんでした。そこで、チシマクロノリの遺伝子情報を参考にして、スサビノリからycf18とその近傍の遺伝子断片を分離し塩基配列を決定しました。その遺伝子構造はチシマクロノリと同じで、ycf18遺伝子はフィコエリスリン遺伝子と隣接して存在していました。次に、窒素欠乏における遺伝子の発現状態を調べたところ、ラン藻のnblAとは異なる応答を示すことが分かりました。研究は始まったばかりで更に検証が必要ですが、ノリの色落ちにはラン藻とは異なるしくみがありそうです。