熊本大学沿岸域環境科学教育研究センター
准教授 秋元和實
平成20年11月5日(水)
有明海では環境の悪化と生物多様性の減少が顕在化しているが、その現状や経年変化は解明されていない。多様性の経年変化の解明は、生息環境の再生と漁業資源を回復するために不可欠な情報である。しかしながら、漁獲対象生物以外の広域に生息する底生生物の多様性は、ほとんど調査されていない。
一方、堆積物中の底生化石群集には、近年の海域環境の変化と密接な関係にある多様性の変遷が記録されている。そこで、陸域の環境負荷が海域環境に影響したことが明らかになっている緑川-白川-菊池川沖有明海において、主要な微化石 (底生有孔虫)の多様性の経年変化を解析した。
外海系水塊分布域 (緑川沖:K1、横島沖:K2)および沿岸水-外海系水境界 (白川沖:K-st3、菊池川沖:K-st12)で採集された柱状試料中の有孔虫群集の多様性を明らかにするために、種多様度 (H(s))、均衡度 (E)、種数(S)を、H(s)=-Σpilnpi (Shannon-Weaver’s information function)およびE=eH(s)/S (Buzas and Gibson, 1969)により算出した。それらの1960年代以降の経年変化を、210Pb、137Cs年代値に基づいて復元した。
沿岸水-外海系水境界のK-st12では、種多様度が3.0以下、均衡度が0.4以下であり、種数は他の試料と類似 (30〜60)であることから、少数の種が多産する状況にある (図1)。他の試料では、種多様度が2.7以上、均衡度が0.4〜0.6であり、K-st3の種数が外海系水塊のK1、K2のそれよりも若干低い。
現在、沿岸水の影響下に分布する有孔虫群集では、種多様度は3以下、均衡度は0.4以下、種数は20〜40である。外海系水の影響下のそれでは、それぞれ3以上、0.4以上 (緑川沖では0.6以上)、40〜60である。したがって、現在の群集で見られる地理的差異は、化石群集でも同様に認められる。
沿岸水の影響が最も強いK-st12以外の群集で、種多様度、均衡度に特定の変化は認められず、値もほぼ一定である (図2)。一方、 K-st12では、1960年代半ばから1990年まで、種多様度および種数が減少し、均衡度も低い。このことから、外海系水の分布域では、環境の変動が、特定の種の優占あるいは消滅するほどには影響しなかったと判断される。K-st12では、限定された種が優勢になり、種構成が単調化した。したがって、沿岸環境の変化は、沿岸水塊分布域に生息する底生生物の多様性により強く影響することが明らかになった。