貝類を通して見た熊本県の沿岸環境

熊本大学沿岸域環境科学教育研究センター
教授 逸見 泰久

平成20年10月22日(水)

有明海・八代海における魚貝類の漁獲高は、1980年頃より激減し、現在では最盛期の5分の1にも満たない。原因については不明な点が多いが、おそらく、多くは複合的であり、また地域や魚貝類の種類によって異なるであろう。

本講演では、二枚貝(アサリ・ハマグリ・タイラギ・アゲマキ)を中心に、有明海・八代海の生物と漁業が置かれている現状について報告した。

(1)アサリ ・・・ 畜養に伴う外来種問題

アサリRuditapes philippinarumは、我が国の沿岸域に最も普通に生息する食用二枚貝で、以前は各地の干潟の漁獲量の大半を占めるほど豊富に漁獲されていた。特に熊本県はアサリの主要な産地で、1980年代までは全国一の漁獲量を誇っていた。

しかし、他の魚貝類と比べても、アサリの資源量の激減は著しい。1983年には全国で160,424トン(熊本県で57,789トン)の漁獲があり、国・熊本県共に最大値を記録したが、その後激減し、2000年前後には、全国で35,000トン前後(熊本県で2,000〜6,000トン)しか漁獲されていない。

アサリの漁獲量(資源量)の減少の原因については、乱獲や底泥の悪化などがあげられるが、はっきりした結論は出ていない。ただし、資源管理や覆砂によって漁獲量が増加している事実は、乱獲と底泥の悪化の両方がアサリ激減の原因であることを示唆している。

現在、日本で消費されるアサリの6割は中国・韓国産であり、一部は2〜3ヵ月間干潟で「養殖」し、その後、出荷されている。これが畜養である。畜養することによって、「外国産のアサリが国内産に偽装されて出荷される」という問題点もあるが、生態系に対しては『外来種問題』の方がより深刻である。

沿岸域の外来種としては、ムラサキイガイなど、「船体または木材付着」や「バラスト水」によって移動する場合が多く、神戸港など外国船の出入りが頻繁な港が主な侵入口であった。しかし、1990年以降は、有明海などで新たな外来種が見つかっている。カラムシロやトライミズゴマツボなどで、これらの外来種はアサリといっしょに黄海などから持ち込まれたと考えられている。

なお、講演では、熊本県におけるアサリの資源管理とその成果についても紹介した。

(2)ハマグリ ・・・ 消えた身近な食材

ハマグリ類は、日本を始めとする東アジアの人々にとって、欠くことのできない食材である。縄文時代(約8,000年前)の貝塚から産出する貝類のベスト5は、ハマグリ・カキ類・アカニシ・アサリ・サルボウの順で、日本の多くの地域の人々がハマグリ類から多大な恩恵を受けていたことがわかる。

日本国内には、ハマグリMeretrix lusoria(図1)とチョウセンハマグリM. lamarckiiの2種が生息する。このうち、ハマグリは、各地の干潟に最も普通に生息する二枚貝であったが、現在、多くの地域で絶滅状態であり、様々なレッドデータブックに、絶滅の危険がある種としてリストアップされている。また、外洋に面した海浜や潮下帯に生息するチョウセンハマグリの漁獲量も年々減少している。1970年代には年3,000〜9,000tあったハマグリの漁獲量は、1990年代には1,500tを割り込んでいる。主産地の熊本県の漁獲漁は、1970年代の平均3,500tから、2000年代の平均173tに激減している(図2)。

我々は、ハマグリ激減の原因を明らかにするために、福岡県加布里湾と熊本市白川河口で2006年1月より定量採集を行い、分布や成長を比較している。ちなみに、加布里湾では厳密な漁獲管理が行われており、人為的影響が小さい(殻長制限:5cm以上、漁期:11月〜翌年3月、漁獲の制限:1人1日10kg以内、漁業区の制定)。そのためか、ハマグリ密度が異常に高く、殻長3cm以上のハマグリに限定しても、平均35個体/u前後が生息している。一方、緑川・白川河口は国内最大のハマグリ生産地であるが、漁獲に関する制限は殻長制限(3cm以上)しかなく、乱獲のためか、殻長3cm以上のハマグリは高密度域でも3個体/u程度に過ぎない。なお、殻長3cm未満のハマグリの密度は、加布里と白川河口で、それぞれ200個体/uと120個体/uで大型のハマグリの密度に比べれば差は小さい。さらに、分布調査の結果、いずれの海域においても、「ハマグリの稚貝は河川付近の砂底に定着し、成長とともに海域や周辺に移動する」ことが明らかになった。このことは、ダムの建設や川砂採砂等による河川内の泥化がハマグリ個体群に深刻な影響を与えることを意味する。

このように、緑川・白川におけるハマグリの激減には、乱獲と河口域の環境悪化(特に泥化)が強く影響していると考えられる。

(3)タイラギ ・・・ 稚貝減少と成貝大量死のダブルパンチで激減

タイラギAtrina pectinata(図3)は、浅海・干潟の砂泥底に生息する羽箒形の二枚貝である。有明海では重要な漁業対象種で、アサリに次いで漁業生産額が大きい二枚貝であった。しかし、近年、有明海では本種の大量死が続き、長崎県では1993年より、佐賀・福岡・熊本県では1999年より休漁が続いている。大量死の原因については、酸欠、有害物質の流入、底質の泥化、捕食者の増加などいろいろな説が出されているが、現在のところ、特定できていない。

演者は、有明海におけるタイラギ大量死の原因を明らかにするため、2000年より、有明海東部海域(福岡県)の干潟(低潮帯)と浅海(水深10m前後)で、タイラギの個体群生態学的研究を続けている。

調査の結果、浅海ではタイラギの定着は多く(最大800個体/m2)、春までは順調に成長したが(4月の時点で殻長10cm程度)、夏を中心に死滅し、秋までに全滅した(表1)。一方、干潟では、定着は少なかったが(3〜50個体/m2)、大量死は観察されなかった。大量死が起きた浅海では、夏になると成長が止まり、生殖腺も小さかった。一方、干潟では夏の成長が最もよく、生殖腺も肥大した。以上の結果より、タイラギの大量死は、生息環境の悪化によることが示唆された。具体的には、貧酸素水塊の発生が最も疑わしく、これには温暖化も影響していると思われるが、秋以降に大量死が起きた場所もあることより、それ以外の要因(例えば、有害物質の堆積など)についての検討も必要である。

有明海西部浅海域(長崎県など)では稚貝加入の激減のため、タイラギがほとんど生息していないが、東部浅海域でも同様に、海底環境の悪化によって、稚貝が減少しつつある可能性が強い。そして、稚貝激減は、海底の泥化が原因であると考えられている。

このように、有明海浅海域では、「稚貝加入量の激減」と「成貝の大量死」というダブルパンチで、タイラギ資源が壊滅に向かっている。

(4)アゲマキ ・・・ 有害化学物質により絶滅?

アゲマキは、演者が有明海・八代海で本格的な調査を始める前に絶滅状態に陥ったため、十分な調査は行っていない。しかし、過去の資料を見る限り、今後資源を回復することはほぼ絶望的である。

アゲマキは殻長10cm程の二枚貝であるが、1980年前後より全国一斉に激減し、いずれの地域でもほぼ絶滅した。有明海・八代海には比較的最近までアゲマキが生息しており、1990年頃には数百トンの漁獲があったが、今は全く生息しておらず、ほぼ絶滅したと考えられる。実は、演者らは2005年11月に八代海北部においてアゲマキの幼貝1個体を採集したが、このアゲマキは国内最後のアゲマキの可能性さえある。このように時期の前後はあるにしても、全国ほぼ一斉の激減・絶滅には、何らかの有害化学物質、例えば特定の農薬などの存在が疑われる。

ちなみに、韓国にはアゲマキが豊富に生息し、大量に輸入されている。現在、店頭で売られているアゲマキはほとんどが韓国産である。

おわりに

タイラギやアゲマキと異なり、アサリやハマグリの激減には、環境の悪化だけでなく、乱獲も大きく影響している。環境を昔のレベルにまで改善するにはかなりの時間を要するが、水産資源を管理し有効に活用するのは、関係者の合意形成さえうまくいけば、それほど時間のかかることではない。

我々は2005年より熊本大学政策創造研究教育プロジェクト研究として、ハマグリの資源管理に関する研究を行っている。研究では、資源管理に必要なデータを蓄積するとともに、資源管理に関する有効な政策提言を行うために、県や漁協と協議を進めている。


写真1 ハマグリ


写真2 ハマグリの漁獲量の年変動(*以下の年は熊本県が漁獲量日本一)


写真3 タイラギ

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