音で探る有明海の過去、現在、そして未来

熊本大学沿岸域環境科学教育研究センター 水・地圏環境科学分野
准教授・秋元 和實

平成21年10月7日(水)

1.有明海・八代海の環境調査の現状と問題点

沿岸域環境科学教育研究センターは、設立以来、気-水-地-生物圏を統合した環境の保全・再生を目指して、沿岸域における生物多様性と生物資源の保全策、海域・干潟環境評価とその回復・維持方策および海象災害の防災方策、流域圏からの環境負荷の評価とその削減策、海域環境のモニタリングと環境・防災情報システムの構築の研究に取り組んできた。これらの取り組みにおいて、環境再生と防災対策の相反する課題を同時に解決し、優れた環境価値創成に向けた技術開発・政策提言などの社会的ニーズに的確に応えるためには、水中および底生動植物の生息環境の保全・改善および海象災害の防災・減災に向けて最も情報がない短期の海底地形、海底表面の底質変化および生物分布の状況を、短時間に高い精度で調査する必要がある。

しかしながら、有明海・八代海で行われている調査は、定点におけるサンプリングが主流である。地域経済において重要な漁業対象生物 (アサリ・ハマグリ) の生息数や生息域の底質でさえ、定点におけるサンプリング調査によって推定されている (図-1)。このため、@定点や測定時以外の情報は得られず、推定するしかない。A定点、調査期間、観測時間、試料の採集機器は研究者によって異なるため、調査結果がばらついて、単純に比較できない。B欠損を減らすために地点や観測数を増やせば、長期化や作業の煩雑化を招く。この結果、同一の環境条件下の情報は得られないことになる。さらに、観測櫓・ブイによる観測を除いて、夜間の環境情報が欠損している。とくに、底質-海水との窒素・炭素・硫黄の循環や生物の生態など多くの情報の欠如が、環境悪化の原因とメカニズムを究明する上で大きな障害になっている。

2.音響解析による底質・生物の3次元分布調査

定点観測に対して、音響を利用した海底下の地層の空間分布、海底の底質および生物の平面分布の調査は、短時間に同じ精度で情報が得られる.有明海では、1960年代にソノプローブで地質断面が推定され、海上ボーリングで得られた地層の情報を基に解釈されている (有明海研究グループ、1965).熊本沖では、サイドスキャン (ビジオテックス社:330kHz・800kHz)および地層探査機 (千本木電気社SH-20:7kHz・200kHz)を使用した底質調査に加えて、柱状試料に基づく底質の経年変化に基づいて、粒度組成の変化が生物多様性に与える影響を評価している (秋元ほか、2008).とくに、アサリの漁獲量の急増と、貝殻片、砂、礫からなる粗粒粒子が混じる堆積物の分布の拡大が密接に関係していたこと、ならびに1980年以降に堆積した泥層の厚さが緑川沖から北に向かって横島沖に向かって薄くなることを報告している.以上、底質および生物の音響特性と採集した底質試料に基づいて底質の密度・粒度あるいは生物種などの実態を合わせて音響を解析する事で、短時間に連続した3次元分布の情報が得られる.

3.熊本大学の生物生息環境音響解析システムの特徴

水中および底生動植物が生息する環境の保全・改善には、気圏-水圏-地圏の複雑な相互関係を把握し、それら3圏の変化に対する生物群の応答を解析するために、連続した時空間における生物分布と環境情報を収集することが必要になった。平成21年度補正予算施設整備費補助金施設整備費(最先端設備:ライフサイエンス分野)で、世界最先端の性能を有する音響解析装置 (インターフェロメトリー測深・サイドスキャン、高分解能パラメトリック地層探査装置)および自律型水中環境モニタリングロボット(AUV:Autonomous Underwater Vihicles)が採択されて、2010年3月末に配備されることになった (図-2)。さらに、音響機器およびAUVで収集した情報を、ワークステーションで解析するために、「生物生息環境音響解析システム室」も建設されることになった。

インターフェロメトリー測深・サイドスキャン (ジオスワッス社GeoSwath PLUS:パルス幅125KHz・250KHz、スワッス幅240°)は、高い周波数の音波を広範囲に発信して、これまでのサイドスキャンで調査できなかった凸凹の多い起伏に富む干潟・浅海域において海底表面の微地形・底質・生物の分布等を詳細に把握できる。

高分解能パラメトリック地層探査装置 (イノマー社SES2000コンパクト)は、大音圧の1次周波を発することと2次周波 (5・6・8・10・12・15kHz)から選択することで、貫通力 (海底下40mまで)と分解能 (厚さあるいは直径5cmの地層あるいは生物)を両立させ、かつ水中の低密度流体の鉛直分布までも把握できる性能を有する。このように、音響解析による海底表層の3次元生物・底質解析は、従来の調査方法で得られない高精度の情報を提供でき、環境・防災分野の研究において飛躍的推進につながる。

さらに、環境測定センサー (水温、塩分、DO、pH、濁度、クロロフィル、光量、流向・流速、サイドスキャン)と高感度カメラを搭載したAUV (ハフミント社Gavia)は、船上から目視できない網等の障害物をソナーで回避して目的のコースを自走して調査できる。このため、昼夜連続の海水の密度・流動・水質の3次元分布と、大型生物の分布・生態が明らかになる。

これらの機器を活用することで、水産資源、湖・海岸浸食および水中・底質環境の改善に向けた技術開発で実施される、@底質・生物・水中遺跡・活断層・不発弾・構造物などの定量調査、A流向・流速および各種水質の3次元調査、B連続画像による水中動植物・物体の分布調査、C湧出流体・ダム湖漏水の空間分布調査において、従来の方法とは比較できない高精度の情報が短期間に取得できる.さらに、収集した情報を4次元可視化プログラムで処理することで、水質、底質、生物相の時空間分布パターンの変化を比較でき、水-地-生物圏の相互関係まで解析できる。これらの情報に基づいて、精密な採水および採泥を実施することで、環境悪化の原因物質の流入源の特定、海水および底質中のバクテリアおよび窒素・炭素・硫黄などの循環と短時間に無酸素化する原因の解明、および生物に有害な水塊 (貧酸素・赤潮など)の拡散パターンの予測も可能になる。

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