熊本県水産研究センター
研究主任 荒木希世
平成21年10月14日(水)
藻場は、「海のゆりかご」とも呼ばれ、魚介類の産卵場所及び稚仔魚の生育場所としての機能を持つとともに、漁業生産及び漁場環境保全に大きな役割を担っています。しかしながら、現在、日本全国の藻場は、磯焼け、藻場面積の減少、植食性動物(魚類、ウニ等)による食害など様々な問題を抱えており、熊本県沿岸の藻場も例外ではありません。
本講演では、藻場・海藻とはどういうものか、熊本県八代海における藻場の現状や役割についての研究成果を紹介します。さらに、近年の海水温上昇傾向に関するトピックとして、天草西海域における藻場の変動傾向についてもお知らせします。
八代海南部に位置する芦北町佐敷湾のアマモ場において、2007年8月から2008年2月までの期間(偶数月)に、アマモ場の中とアマモ場に隣接した場所の2ヶ所で、稚魚ネット(幅3.8m、高さ0.85m、目合い1.2mm)を用いて、10m曳網しました。
その結果、アマモ場とその隣接区において、小型甲殻類12種(属・目)(アミ目、端脚目、十脚目)と硬骨魚類の稚魚14種26種(属・目)(スズキ目、ヨウジウオ目)が得られました。
アマモ場とその隣接区を比較すると、個体数と生物量では、各調査月ともアマモ場のほうが隣接区より高い傾向が見られました。また、アマモの衰退期(9〜10月)においては、アマモ場と隣接区の間に明確な差が見られませんでした。以上の結果から、アマモ場の生物の季節変動は、アマモ草体の消長との関連性があることが示唆されました。
アマモは、2通りの繁殖方法(種子を作って新たな株を増やす、地下茎を伸ばして新芽を増やす)で子孫を残していきます。今回は、種子を使ってアマモ場を増やす方法として、播種シートを開発しましたので紹介します。
アマモは、波浪など厳しい自然環境では、種子を形成しても、なかなか新しい株は定着しにくく、そのことが、人為的にアマモ場を増やそうとしても増えない要因の一つでもあります。そこで、アマモの種子を麻袋に入れて波浪による逸散を防ぎ、袋の中に腐葉土など成長に必要なものを加えて佐敷湾に設置しました。
その結果、それぞれの播種シートから発芽が確認され、その後も順調に伸長することを確認しました。発芽率や生育密度については今後も技術改良が必要ですが、平成18年に設置したシートから発芽した苗は、今も順調に育っています。
この播種シートのメリットは、金網と針金ぐらいの材料費で誰もが簡単に作れ、アマモ場ができた後には、使用した材料が全て自然にかえることです。 また、播種シートの他に、種子を人工的な条件下で発芽させて苗床を作り、それを現場の海域に移植する移植法の技術開発も行っています。
約30年前(1978年)に調査が行われ、記録が残っている地点から4地点(天草市五和、苓北町富岡、天草市高浜、天草市大江)を選定し、2007年から2008年にかけて、各調査地点ごとに繁茂期と衰退期の2回の調査を行いました。
調査は、ライントランセクト法で行い、底質や植生の分布、食害の有無などを記録しました。また、サンプルを実験室に持ち帰り、種を同定し、湿重量などを計測しました。
天草有明から天草西海にかけての海域は、1970年代と比較して大型藻類の優占種に大きな変化はないと判断されます。天草有明から天草西北部にはクロメやホンダワラ類の藻場が、天草西南部にはアントクメとホンダワラ類の混成藻場が形成されていました。しかしながら、種数の減少や、秋季の著しい衰退、藻場面積の減少や道路や漁港の拡張工事による海岸線の変化による藻場分布の変化などがみられる場所もありました。
今回、熊本県内で初めて南方系のホンダワラ類(キレバモク、ツクシモク、キレバモク)の分布を確認しました。過去の標本を調べた結果、不明種とされていた標本からキレバモク(1978年有明町島子)とツクシモク(1978年上天草市湯島、天草市牛深)が見つかりました。したがって、天草有明から天草西海域においては、少なくとも1970年代から南方系ホンダワラ類が分布していたものと考えられます。
現在、熊本県の藻場においては、大きな植生の変化は見られず、南方系ホンダワラ類も在来の温帯性のホンダワラ類の群落の中に点在する程度です。しかしながら、近年の海水温の上昇、特に秋季から冬季にかけての水温上昇は、ホンダワラ類の分布拡大や植食性魚類の行動の変化による磯焼けの進行など、将来、藻場に大きな影響を与える可能性が考えられます。
注)南方系ホンダワラ類: 褐藻綱ホンダワラ属のうちSargassam亜属に属し、本来の分布域は熱帯〜亜熱帯水域。分類学的な検討が遅れているため種名さえはっきりしないものが多く、沿岸の生態系への影響等についても不明な点が多い。