熊本大・沿岸域センター
准教授 嶋永 元裕
平成21年10月28日(水)
有明特産の魚種はムツゴロウ,ワラスボ、ヤマノカミなど7種が存在する.特産魚種の成魚の生息場所はさまざま(湾奥干潟:ムツゴロウ、ワラスボ、河川淡水域:ヤマノカミなど)だが,筑後川周辺の調査によると,稚仔魚は河口域にのみ分布する.そして,有明湾奥部の特産魚種の稚仔魚のほとんどの主要なエサは、カイアシ類の仲間,シノカラヌス・シネンシス (Sinocalanus sinensis) であった(文献1).「中国の中国カラヌス」という意味の種名をもつこのカイアシ類は,カイアシ類として初めて見つかった大陸遺存種である.
カイアシ類は,節足動物門,甲殻亜門(エビ・カニのなかま),顎脚綱(フジツボなど)に属する亜綱の一つで,現在12000種以上が知られている.カイアシ類の主要なグループとしては,カラヌス目,ケンミジンコ目,ソコミジンコ目が挙げられる.体長は通常0.5−5mm程度,寄生性のものは最大30cmに達する.水深1万メートルの海溝から標高5000mのエベレストの氷河上の細流,水温38〜58℃の温泉にまで分布する,地球上で最も生息域の広い生物の1つである(文献2).
小型甲殻類であるカイアシ類は,人間の口に直接入らないものの,小型魚類の主食として海の食物連鎖における重要な役割を担っており,「海のお米」という表現をする人もいる.浮遊性のカイアシ類はマタラなどの稚仔魚の,底生ソコミジンコ類はサケやマコガレイなどの稚魚の重要なエサである(文献2,3).これらを食する人間は,間接的にカイアシ類を食べていることになる.
サケの体表に寄生するサケジラミ,ホタテの鰓に寄生するホタテノエラカザリなどの寄生性カイアシ類,ワカメの葉体に穴を開けて生活するアメノフィアなどは,魚介類や海藻類の商品価値を下げる,人にとって「悪さ」をするカイアシ類である(文献2,4).しかし,これらの「害虫」が増加する要因の一つに,有用種の養殖など人為的なものもあることを忘れてはならない.一方,養殖用のノリ糸状体を培養するためのカキ殻に付着する珪藻を,効率的に除去するために,ソウジソコミジンコを使ってカキ殻の掃除を行なう研究も進められている(文献5).
卵から孵ったカイアシ類は脱皮により成長し,6期のノープリウス幼生期,5期のコペポディド幼体期を経て,交尾可能な成体になる.ソコミジンコ類のメスは精子を貯蓄できるので,通常,一度交尾すれば生涯産む卵を全て受精させることができる.ソコミジンコ類の一部の種では,成体オスが未成熟なメスを第一触角で把握して,交尾可能になるまで待つ行動(交尾前ガード)が見られる(図1).この行動は,交尾可能な成熟した(かつ未交尾の)メスを探すのにかかる時間より,ガードして待つ時間の方が短い場合に有利である(文献2).
広大な海の中で,小さなカイアシ類のオスが同種のメスを探す場合,彼らはメスの放出する性フェロモンやメスの体表にある糖タンパクなどの化学信号を情報源としているらしい(文献2).また,サフィリナはオスのみが鮮やかな色彩をしているが,この色によって同種のメスを引き寄せていると考えられている(文献6).