ハマグリの資源管理と養殖技術の開発

熊本大学沿岸域環境科学教育研究センター
教授 逸見 泰久

平成22年10月13日(水)

はじめに

移動能力の乏しい水産資源(例えば貝類など)は、厳格な管理を行うことで持続的な漁獲が可能となり、漁獲総量も増加することが見込まれる。例えば、熊本県緑川河口では10年ほど前からアサリの漁獲制限が行われるようになり、最近になってやっと資源量の増加が観察されるようになった。

しかし、このような管理漁業が行われているのは、熊本県では一部の魚貝類であり、地域も限られている。近年の漁具漁法の性能向上と流通の近代化により、「根こそぎ採り、遠隔地に高く売る漁業」が行われている漁場が少なくない。そのような場所では漁業資源が枯渇するのは当然であるが、同時に周辺の漁場の資源量にも悪影響を及ぼしている。

演者は、ハマグリ Meretrix lusoria を対象に、資源管理と養殖技術の確立を目標に研究を行っている。ハマグリは、縄文時代の貝塚から最も普通に産出する貝類で、最近までは全国の砂質干潟においてシオフキと共に優占種であった。しかし、1980年頃より多くの地域で漁獲量が激減し、多くの県では絶滅危惧種にさえ指定されている。ハマグリは砂質干潟の食物連鎖の基盤となる種であり、また、生物撹乱により底質改善を行う種であることから、資源量の回復は、単に水産上の意義だけでなく、砂質干潟の生物多様性や干潟環境を改善する上でも意義がある。また、養殖技術を確立することは、商品価値の低い小型のハマグリを個人の管理下で大きく育てることや高値の時期に出荷することが可能になり、結果として、資源管理や母貝の保護に役立つものである。

熊本県はハマグリ生産量日本一の県であり、緑川・白川の個体は殻の模様が美しいため、京阪神などに高値で出荷されている(図-1, 2)。しかし、このことは地元(熊本市など)においてもあまり知られていない。また、県内いずれの漁場においてもハマグリは乱獲状態であり、絶滅が危惧されるほど資源量が減少している地域もある。さらに、ブランド化や地産地消など、ハマグリを高く売る努力がほとんど行われていないため、焼き蛤で有名な三重県桑名市などでは熊本産のハマグリが地元ハマグリの代用品として売られているほどである。今後、正確な基礎データとモニタリングに基づいた資源管理を進める必要があるが、それには漁業者間の合意形成が不可欠である。

本研究では、厳密な漁獲管理が行われている加布里湾(福岡県前原市)と漁獲管理が行われていない白川河口(熊本市)において、ハマグリの稚貝加入・成長・生残などを比較し、そのデータを元に、熊本県におけるハマグリの漁獲管理案を作成した。また、干潟漁場、養殖筏、素堀池でハマグリの飼育実験を行い、成長・生残を比較した。

研究方法

(1) ハマグリの生息状況と生活史

ハマグリの資源管理の技術を確立するために、ハマグリの厳格な資源管理が行われている加布里湾と、乱獲に近い形でハマグリが漁獲されている白川河口で、ハマグリの棲息状況や漁獲状況を比較した(図-3)。

加布里湾は、福岡県糸島半島西部にある玄界灘に面した湾である。小河川の泉川が流入し、湾奥部には泥質ないし砂質の干潟が発達している。海岸部には糸島漁協の漁業権があるため、地元の加布里支所の組合員によってのみハマグリが採られているが、漁業権のない河川内では市民による採集も日常的に行われている。なお、糸島漁協ではハマグリの厳格な資源管理を行っており(殻長制限:50mm以上、漁期:11月〜翌年3月、採捕量の制限:1人1日10kg以内、漁業区のみでの採貝、操業日の設定)、密漁や違反がないように厳しく監視している。

ハマグリの現地調査は、漁業権のある地域で行った(33o33’N、130o10’E)。河川・海域にそれぞれ50cm四方の方形区を10カ所設置し、 1mm目の篩で深さ5cmまでの砂泥をふるって、その中からハマグリを選別した。また、深さ5cm以深については手探りでハマグリを採集し、取り残しがないようにした。採集したハマグリは研究室に持ち帰り、方形区毎に殻長等を測定すると共に、密度を算出した。なお、採集は2006年1月〜2010年9月に行った。ただし、2006年8月、2007〜2010年の9月については、漁業権のない地域でも採集を行った。

一方、白川は、熊本市にある有明海に注ぐ河川である。河口域には、緑川河口から坪井川河口まで連なる泥質あるいは砂質の広大な干潟が発達している。河口域では、川口漁協・沖新漁協・小島漁協などによりアサリ・ハマグリなどの二枚貝が漁獲されている。アサリは共販を中心とした資源管理が行われているが(殻幅制限12.9〜13.5mm、殻長制限35mm、採捕量の制限、操業日の設定など)、ハマグリについては殻長30mmの制限しかない。

調査は、加布里と同様の方法で行った。河川・海域にそれぞれ50cm四方の方形区を20〜30カ所設置し(32o47’N、130o36’E)、深さ5cmまでの砂泥を1mm目の篩でふるって、その中からハマグリを選別した。また、深さ5cm以深については手探りでハマグリを採集し、取り残しがないようにした。採集したハマグリは研究室に持ち帰り、方形区毎に殻長等を測定すると共に、密度を算出した。なお、採集は2006年3月〜2010年9月に行った。

(2) ハマグリの飼育実験

ハマグリの成貝を対象に、養殖筏(大矢野島)での垂下飼育と擬似干潟である素堀池(維和島)と干潟漁場(網田・白川)でのケージ飼育を行った(2009年10月〜2010年10月)。それぞれの飼育実験では、成貝サイズ等を変えて、成長・肥満度・生残を調べ、どの時期に漁場から養殖筏、あるいは素堀池に移すのが適当かを検討した。なお、コンテナ垂下飼育は真珠養殖場跡地(図-4)、素堀池での飼育はクルマエビ養殖場跡地で行った。

研究結果と考察

(1) ハマグリの生息状況と生活史および資源管理に向けた提言

厳しい資源管理の行われている加布里では、干潟の底生動物の中でハマグリが最も多く(優占種)、場所によっては1平方メートルあたりの個体数が殻長3cm以上に限っても30個体、資源量(湿重)が1kgを超えるほどであった。一方、資源管理がほとんど行われていない白川河口では、殻長3cm以上のハマグリがほとんど見られず、殻長5cm以上に至っては加布里の40分の1程度の密度しかなかった。しかし、稚貝は多く、殻長3cm未満のハマグリの平均密度は加布里では172個体/u、白川河口(海域)では118個体/uであった(約3分の2)。ただし、稚貝の成長は遅く、孵化2年後の殻長は平均12mmに過ぎなかった。一方、成貝の成長は速く、2006年1月に殻長平均22mmの年級群は2007年7月には殻長平均35mmに成長した。また、両海域共に成貝の生残率は高く、急激な成貝の密度減少は梅雨の降雨期や冬期にも見られなかった。これらのことは、白川河口でも、稚貝の供給は十分に行われており、漁獲管理さえ行えば十分に資源が回復し、大型のハマグリも増加することを示唆している。

また、ハマグリの稚貝の着底場所として、砂地、特に河川内の砂地の重要性が明らかになった。加布里では多くの稚貝が河川内に着底し、成長と共に海域に移動した。白川河口でも、夏季の大雨の後に河川内のハマグリが減少し、逆に海域のハマグリが増加したが、これは、河川から海域へのハマグリの受動的な移動であると考えられる。これらの事実は、砂地、特に河川内の砂地の環境の悪化がハマグリ資源の壊滅に直結することを示唆している。ハマグリ激減の原因として、河川内の砂利採取や砂防ダム建設による流下砂量の減少が指摘されているが、本研究の結果もそれを支持している。

(2) ハマグリの飼育実験

干潟漁場、養殖筏、素堀池での飼育実験では、成長と肥満度は、養殖筏が最も良好で、特に繁殖後の身入り改善に有効であることがわかった。ただし、養殖筏では8〜9月に大量の個体が死亡した。一方、素堀池では十分なデータが得られていないが、10〜2月の成長・肥満度・生残は干潟漁場と大差なく、冬季の畜養場としての活用が可能であることがわかった。なお、天草地方では、真珠・クルマエビともに放置された養殖場が多く、ハマグリの畜養が軌道になれば、これらの施設の有効利用につながることが期待される。

最後に

水産資源の管理には、対象種の生活史や棲息状況の把握だけでなく、漁業者の合意形成や漁獲規制の制定などが必要である。現在、熊本県・熊本市だけでなく、漁連・漁協に対しても、研究結果の説明や資源保全に関する協議を重ね、ハマグリの資源保全のための有効な政策提言を行っている。

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