熊本大学沿岸域環境科学教育研究センター 教授
滝川 清
平成22年10月20日(水)
閉鎖性水域は、周辺に多くの都市部や農村地域を抱えており、本来陸域から輸送される種々の物質負荷により富栄養化や汚染が進行しやすい水域である。このような水域の環境は、気象や海象など自然の物理・化学的作用の影響の下で、生態系及び人為的行為などの複雑な要素が互いに関連し、その微妙なバランスにより形成された独特の自然環境にある。従って、閉鎖性水域における今日の環境悪化の原因分析と環境改善・再生方策については、水域・陸域全体の物理・化学的環境と生物生産過程を視野に入れた総合的取り組みが必要である。
全国各地の閉鎖性水域ごとに、各府省、県や研究機関等により環境改善を目指した対策や調査が数多く実施されているものの、これらの多くが個々の事象解明や、単発的なある側面からのみの技術対策の範囲内のものであって、系統的、総合的視点からの環境改善技術のものが極めて希薄な状況にある。
本報告では、現在なお環境悪化の原因が不透明のまま、十分な再生の方向性が見出せていない有明海を例として、順応的管理の視点から閉鎖性海域の環境改善へ向けた技術体系を整理し、これに基づき、有明海・八代海で行っている環境改善技術の実例について紹介する。
閉鎖性水域における環境問題は非常に地域特性が強い問題である。これは、水象・気象・地象を構成する水・大気・土の物理特性は基本的に地球上では大差が無いが、これらが相互に関係し合うことで、そこにしかない自然環境が形成されることになり、生態系もまた独特のものが形成されることになる。
数値モデル的に言えば、水・大気・土の性状を表現する示性方程式や、物質保存式や力学的な釣り合い式などは、地域によらず世界共通であり、これらの微分方程式から得られる解は、一般解であって多くの未定係数を含んでいる。この未定係数を決定するのが境界条件であり、境界条件が地域に固有の地形形状、気象特性であり水の流動特性である。これらの境界条件が特解を定めることになり、はじめて有意な解となる。すなわち、環境問題の解決は、この特解を求めることから始まるものであり、地域の特性を解明することである。一般解の定性的な特性を知ることは必要ではあるが、真の解決にはならないのであって、他の地域で役立った環境対策が必ずしも対象としている地域には適用できないのである。
環境問題を総合的に捉えて一般解を知り(Think Global)、地域特性を調べて特解を求めることは(Act Locally)、環境問題の解決に直結するものであり、そして、その成果は、他の地域にも通用する(Glocal)普遍性を有することとなる。
閉鎖性水域の環境は「地圏・水圏・気圏」の3つの環境基盤と、これに人を含めた「生態圏」の4圏より構成される複雑系にある。従って閉鎖性水域の環境改善・再生に当っては、水域環境のメカニズム解明のための総合的な調査・研究は当然のこと、この3つの環境基盤と生態系に対して、「何が・どこまでできるか?」を科学的に検討することが最も重要である。
有明海は福岡・熊本・長崎・佐賀の4県に囲まれ、九州西部に南から深く入り込んだ大きな内湾であり、その規模では東京湾・伊勢湾・大阪湾などにも匹敵する。湾軸延長96km、平均幅18km、水面積は約17万haの水面を有するが、平均水深は約20mにすぎない。
流域は福岡・熊本・長崎・佐賀・大分の5県にまたがり、約8,420km2の河川流域が広がっており、このうち筑後川の流域面積が35%を占める。流入河川は112河川あり、このうち1級河川は8河川で、主な流入河川は北部の六角川から時計回りに筑後川・矢部川・菊池川・白川・緑川で、いずれも東側に集中しており、土砂供給は東側に片寄っているといえる。また、有明海では1潮汐間で海水交換が完全に行われず(およそ54日)、さらに基本的に潮汐残差流が反時計回りであるため、東岸沿いから湾奥にかけて物質が移動・堆積する傾向にある(図-1)1) 。
以上のような特性から、有明海奥部や熊本沖では汽水性の海域が広範囲にわたって広がる特異な環境となっており、ムツゴロウ・ワラスボ・エツ・アリアケシラウオ等にみられる固有の生物相が育まれている。また、これらの干潟生物を餌とする渡り鳥の飛来地としても重要な場となっている。
有明海域の干潟は、河川からの大量の流入土砂と、我が国最大の大潮位差およびこれに伴う強い潮流との相互作用によって形成され、その結果、他の海域と違って微細粒子の潟泥が浅い岸側に堆積しており、深い水深の島原半島沿いには荒い粒子の砂礫が堆積する。干潟の地形は、日常の潮汐変動に伴う浮泥の流動によっても変化するが、高潮や高波浪の異常海象時や、洪水時の河川からの大出水よる土砂流入に伴う地形変化が顕著である2)。
この有明海の干潟は約700年前の鎌倉時代からの干拓により陸地化が押し進められてきている。有明海湾奥部の佐賀平野沖や白石平野沖での干拓は、江戸時代、明治時代、大正時代および昭和前半期(1955年まで)は、10年間当たり約200ha前後の干拓が行われてきたが、1955年から1980年で3,209ha(1,284/10年)と干拓速度が急増し、また、1997年には諫早干拓事業により3,550haの海域が失われ、1,550haの干潟が消失している3)。有明海の干拓事業や防災事業等により海岸線の人工化が進み、海岸線の総延長514kmのうち自然海岸の延長は約89Km(17.2%)に減少しており、人工海岸の占める割合が55.4%と全国平均33%に比べても高い4)。
干潟域を中心にノリ養殖が盛んに行われてきたが、その作付け面積は、昭和38年を境に急激に増加した。このことは、この時期を境にノリ成長の為の栄養塩類の十分な供給が持続している事を意味する。また同時に、広大な面積へのノリ網の設置は湾奥部での流速が弱まり海水が停留しやすくなるなど、潮流や浮泥輸送への影響が指摘されている5)6)。
有明海及び八代海と、我が国の主な閉鎖性海域の概況を表-1に示す。水域面積をみると、有明海は1,700km2で陸奥湾と、八代海は1,200 km2で東京湾と同程度の規模である。平均水深をみると、有明海・八代海は20〜22mであり、その他の海域がほとんど30〜45mであることに比べ比較的浅い海域であることが分かる。閉鎖度指数は、八代海が最も高い32.49、次いで有明海が12.89であり、その他の海域と比べ数倍以上を示している。干潟面積は、有明海が東京湾の10倍以上の18,840ha、八代海が伊勢湾の約3倍の4,082haを占めており、他の海域には見られない広大な干潟が現存している。また、海域の容体積に対する河川からの流入水量の割合に閉鎖度指数を乗じて、これを河川流入水負荷率と定義すると、有明海が3.09、八代海が5.51で、他の内湾の数倍から数十倍となっており、河川からの流入負荷の影響を大きく受けやすい海域であることがわかる。
以上より、有明・八代海は他の閉鎖性海域に比べ、水深が浅く閉鎖度指数が高い海域であり、干潟の占める面積が広い。また、他海域よりも流域からの河川流入水の影響が大きいことなどが特徴である。
有明海の海域環境悪化の原因は、様々な要因が複雑に関係し合っており、環境省に設置された「有明海・八代海総合調査評価委員会」で議論されている。
有明海の物質収支のバランスが崩れた直接的な要因の一つとして、底質の悪化や、干潟の消失による生物生息場の減少・悪化によって、二枚貝類をはじめとする底棲生物の減少であると考えられている。底棲生物は珪藻や海底に沈降した有機物の捕食者や分解者として重要であり、この減少は、珪藻赤潮の頻発と持続、海底への有機物の蓄積による一層の海底環境の悪化をもたらすと考えられる。底質悪化の要因としては、都市化の進行等にともなう陸域からの栄養物質の負荷の増加、ダム等による河川からの砂等の比較的大型の粒子の流入の減少、潮流の変化などが想定されている。
また、有明海における、夏季の貧酸素水塊発生、有毒赤潮発生、底棲生物死滅・減少、冬季の珪藻赤潮発生・持続、海底への有機物の蓄積の促進のループが形成され、環境変化と漁業・養殖業生産の低下を促進している可能性の検討と、定量的評価が必要である。その他、有明海の海洋環境や生物生産過程に影響を及ぼす可能性がある人為的な要因として指摘されている問題に、@環境ホルモン等の環境汚染物質の問題や、ノリ養殖の過程で使用されるA酸処理剤の問題がある。また自然的インパクトには、地球自転や太陽活動の周期的変化を背景としたB周期的な気候・海洋変動や、傾向的変化としての地球温暖化がある。
国家レベルでのこの海域についての取り組みは、2000年冬の「有明海ノリ不作」を契機に、有明海及び八代海を豊饒な海として再生させることを目的とした「有明海及び八代海を再生するための特別措置に関する法律」が2002年11月に施行された。この法律により、環境省に「有明海・八代海総合調査評価委員会」が設置され、総合的な調査の結果に基づいて有明海・八代海の再生に係る評価により、2006年12月に委員会報告がまとめられている3)。しかしながら、具体的な再生方策に関する議論が十分でなく、解明すべき課題も数多く残されている状況にある。
環境再生の技術開発を目指して近年、水産庁では、「有明海漁場改善技術検討委員会」を設置し有明海の合計11箇所で、二枚貝類を対象にした覆砂技術や貧酸素対策技術開発事業を実施しており7)、国土交通省では、浚渫土砂の有効活用を目的にした干潟造成技術の検討が試みられている8)。
これらは、水産漁業の改善、浚渫土砂の利用を主眼としたもので環境改善への系統的な視点が不十分である。また、八代海では平成19年度社会事業資本整備事業により「八代海北部海域の環境保全および改善のための基盤の一体的整備基本調査」が四省庁(水産庁、農林水産庁、林野庁、国土交通省)により実施されたのみであるが、海域の課題と基本方針を取りまとめた段階にとどまっている9)。
環境省の有明海・八代海総合評価委員会の流れの中で「有明海・八代海総合調査推進業務」が行われ、調査のためのマスタープランの策定が検討されたが、最終的には公表には至らなかった10)。
このように昨今、海域内の地点ごとに、各省庁を中心に環境改善と称した事業や対策が数多く実施されているが、一側面的な調査結果に基づく評価にとどまっており、物理環境と生物学的視点からのメカニズムに関する系統的・総合的視点が欠けている。このため個々の事業の科学的根拠が薄く、改善事業の効果の影響範囲などの十分な議論ができない状況にある。重要なのは、“個々の対策がどのような科学的根拠に基づき、どのような効果を有し、どの程度の影響範囲があり、海域全体にどのように影響を及ぼすか”を常に考えておくべきである.このためにも、“海域全体の環境のバランス”を前提とした“海域環境再生のマスタープラン”を策定しておく必要がある。
熊本県では、沿岸海域の再生方策等を取りまとめることを目的として、学識者及び一般住民・漁業代表者で構成する「有明海・八代海干潟等沿岸海域再生検討委員会」を2004年8月に設置した。委員会においては、2ヵ年度にわたって検討を行うとともに、既存データの収集等の各種調査、委員会委員と地元との意見交換会などを行ってきた。その一連のプロセスは、有明海・八代海再生の県単位での総合的な取り組みとしては先駆的な試みである。委員会での検討フローは図-2に示すとおりであり、各種調査結果や委員会での議論より、まず熊本県沿岸域の地域特性を把握・整理し、有明海及び八代海ごとにゾーン区分を行った。次に、より具体的に再生方策を検討する上で代表的な特徴を持つケーススタディー地区を選定し、有明海全体と八代海全体及び地区毎に検討を進め、干潟等沿岸海域の再生に向けた基本理念や基本方針、再生方策等を示した「有明海・八代海干潟等沿岸海域の再生のあり方(提言)」(マスタープラン)が取りまとめられた。
有明・八代海沿岸の各地域に共通する課題であって広域的な視点で取り組む必要のある主要な課題について再生方策を検討した。海域全体の望ましい姿としては、今回の調査結果、基本理念、基本方針を踏まえ、究極の再生目標である「豊かな海」のイメージに繋がる、多様で豊かな生態系の回復を基調とし、人と海との関わりについての目標を設定した。
再生方策については、課題の項目ごとに対応して設定したうえで、それぞれ具体の事例を示している。
委員会では、再生方策の推進に当たっての留意点も議論され、その概要を以下に示す。
本論の2章で記した閉鎖性水域の環境改善の視点から、環境悪化の著しいこの海域の再生策の基本は、人が制御可能な事項となると、
@底質環境(特に干潟環境)の改善技術
A水質環境(内陸からの水質負荷を含む)に関する改善技術
B人為的負荷の削減技術
の3つが技術の基本方針となる。
さらに、再生策に関する具体的な調査研究(環境変動のメカニズム解明、環境観測システムの整備、要因分析・改善技術の開発など)や環境情報・学術知見の共有・交換が重要な手段となる。
閉鎖性海域における環境の改善・再生に向けた技術対策の項目を、順応的管理の視点から体系化した模式図を図-3に示す。
著者は、有明海の再生目標を「有明海の生物生息環境の改善・再生と維持」と設定し、海域環境異変の要因・原因を調べるとともに、「人工巣穴による底質改善」や「干潟なぎさ線の回復技術」といった、改善・再生のための効果的な実践技術の開発を行ってきた。
技術のレベル1に相当する目的は、「有明海の生物生息環境の改善・再生と維持」である。これを実現するためのレベル2に相当する個別目標が、「底質環境改善」、「水環境改善」、「負荷削減」の技術であり、これらは物理・化学・生物学的分野にわたる技術を含み、それぞれに陸域および海域における技術目標が設定される。これらの改善技術の実施に当たっては、当然ながら海域環境変動の要因・原因の関連3)に基づくことが大前提であり、実施する海域地点の特性を踏まえ、技術の選定と技術効果を確認できる調査内容との論理的根拠を明確にして実施することが肝要である。実施技術や調査項目の優先度や選定の判定基準は、この論理的根拠の範疇とマスタープランの下で行われるべきである。レベル3は、個別目標における個々の技術の「改良と工夫」および「技術効果の評価」であって、「技術の改良と工夫」では生物生息環境場の回復・改善・創成・工夫・維持の視点からの技術改良・工夫が重要である。また、「技術効果の評価」では、実施技術のモニタリング等を通じての生物生息環境の評価と予測手法が重要な技術であり、数値シミュレーションやHEPなどの評価手法のより一層の精度向上と開発が必要である。生物生息環境の評価・予測技術に関しては数値モデル(生態系モデル)が多用されているが、実測の生態調査結果に基づく統計学的手法を両輪としての評価手法の開発・展開が望まれており、このための環境情報・学術知見の蓄積と共有化が重要な手段である。レベル2とレベル3との間での技術検討を重ね、より効果的な技術の進展を図ることが肝要である。
なお、個々の技術の実海域へ実施に当たっては、レベル1、2、3を関連づけるためのマスタープラン(共通認識)の概念が必要で、海域の特性に応じた適用技術の選定に注意すべきである.さらに、複数の技術の組み合わせによって、最も効果的な改善・再生策を講じることが重要である。
有明・八代海の環境は複雑な環境要因に支配されており、その環境再生に当たっては科学的・総合的視点からの取り組みが必要で、海域環境再生の包括的目標は「多様性のある生物生息環境の改善・再生と維持」であり、これを実現するための技術が「底質環境改善」、「水環境改善」、「負荷削減」のための技術となる。再生技術の開発・適用に際しては、“生物生息環境の場を;@回復(失われた場をもとに戻す)、A改善(悪化した場を良くする)、B創成(新しく場をつくる)、C工夫(より良い場になるよう工夫する)、D維持(悪くならないよう維持する)”の認識が肝要である。ここでは、前章で述べた順応的管理の視点から有明海の環境改善へ向けた技術体系に基づいた、環境改善技術の実例として、その有効性が認められ、有明海の再生方策として大いに期待されている「人工巣穴による底質改善」12)、「干潟なぎさ線の回復」13)について紹介する。
「人工巣穴による底質改善」は、底生生物の巣穴を人工的に再現し、干潮時に干出する干潟域では水位差、干潟にならない場所では潮流を利用して、底泥中に上層水を輸送し、好気的環境を創出することにより底質改善を行なうものである。2006年より熊本県熊本市の中央部を流れる坪井川河口の干潟域と海域で現地実証試験が行なわれている。その結果、人工巣穴によって好気的な環境が維持し、硫酸還元細菌の減少が示唆され、人工巣穴が魚介類の産卵・生息場になるといった波及的な効果も確認されている。有明海では湾奥部や熊本港沖を中心とした一帯の泥化が著しく「底質改善」が大きな課題の1つのである。底質改善への取り組みの視点は、陸域等からの土砂管理、流入付加削減などの“元を断つ(負荷減)対策”、“悪化した現状への改善対策”、“更に悪化しないよう維持対策”に関連した技術が基本となる。ここで実施した対策は2番目の“悪化した現状への改善対策”であって、微生物による好気的底質環境を期待しての技術である。さらに人工巣穴用の設置パイプにより海水流れが常時乱れ、これにより浮泥が堆積しにくいなどの効果が付加されて、好気環境を創出に寄与していると考えている。
「干潟なぎさ線の回復」は、海岸線の人工化によって失われた、本来水辺や海岸線にあたる潮上帯から潮下帯までの緩やかで連続した地形(以下なぎさ線)を創造することによって、生物や塩生植物等の生息場を復元し、干潟生態系が有している自己再生機能(浄化機能)を回復させる改善策である。熊本港で実証試験が行なわれており、2005年10月に東なぎさ線、2006年9月に北なぎさ線、2007年9月には航路周辺等のなぎさ線が造れない場所への対策としてエコテラス護岸が造成され、現地実証試験を行なっている14)。東および北なぎさ線は、2つの突堤の間に海砂や浚渫土を敷設して造成し周囲は“ちどり”状の潜堤、もしくは開放した形状としており、外部からの干潟土砂が出入りできる。その地形は、潮汐や波、台風等により変形を受けたが、造成約2年後には地形も安定し、また造成した砂内部には干満に伴う海水の浸透によって常時保水性の高い地盤環境が形成されている。なぎさ線の回復によって、多種多様な生物の生息場が復元され、絶滅危惧種や希少種も多数確認されるといった効果が確認されている。
また、熊本県玉名横島海岸では、防護目的で建設された干拓堤防の前面に、連続突堤と盛砂工を施し“防護・環境と景観”に優れた新たな海岸堤防の事業が九州農政局との共同調査により進めているところである。
ここで紹介した実例以外にも、「バイオレメディエーションによる堆積物中の有害物質除去技術」15)、「囲繞堤と覆砂・耕耘混合による底質改善技術並びに細粒分捕捉技術の実証実験」16)や「水圧利用型自然循環方式の底質改善および水産生物利用栄養塩系外取り出し技術の開発」17)といった環境改善技術も行われている。また実施計画ではあるが、「八代港藻場造成計画」18)では対象海域のモニタリング調査を実施し、これに基づいた現況把握、課題と対応策を整理し、造成対応種の決定、目標達成基準を定め、多様な海藻の生育場の造成手法の提案、順応的管理計画等を検討委員会により策定している。
以上、これら紹介した実例の詳細も含めて参考文献を参照されたい。
今回紹介した現地実証試験結果は、有明海の再生シナリオを定量的に評価するために、数値シミュレーションやHSIモデル19)によって、その影響範囲等の検討も行っている。
また、環境改善技術の開発・実証試験を進めるにあたり、定期的に研究運営委員会や全体計画推進検討会を実施した。また、多くの関係者や一般市民を対象として、情報交換・共有を目的とした現地見学会や成果報告会も行ってきた。このように、自己監視的なシステムの下で多くの関係者の意見を聞きながら進めることも、閉鎖性水域での環境改善を順応的かつ効率的に進める上で重要である。
閉鎖性水域の環境改善に向けて、多くの調査・研究、再生策の実施が様々な機関で行われているが、ほとんどの研究が、それぞれの機関が個々の目的に沿って実施されている実情である.調査目的・調査項目の整理を行って、系統的、総合的な“意義ある”調査・研究計画の下に再生技術の開発を目指す必要があり、このためにも各研究機関の連携、データ等の共有を図る体制を早急に確立せねばならない。
順応的管理の視点から、閉鎖性水域環境の@複雑な環境要因を解明・理解するための調査研究のあり方、A環境改善技術の開発とその選定・適用、B改善技術の効果の評価といった3つのサイクルを明確にすることが肝要であり、水域の小スケールの環境特性(ゾーニング)と水域全体の特性を把握した上で、水域環境改善へのマスタープランを早急に策定しなければならない。
また、平成23年度から、文部科学省特別経費(プロジェクト)による研究「生物多様性のある八代海沿岸海域環境の俯瞰型研究プロジェクト」が5カ年間の計画で熊本大学で開始されるが、これまで十分な調査・研究が行われていない八代海の再生に向けてその成果が大いに期待されている。
謝辞:本研究の一部は、文部科学省科学技術振興調整費重要課題解決型研究等の推進「有明海生物生息環境の俯瞰型再生と実証試験(平成17〜21年度)」の補助によるものであり記して謝意を表します。
キーワード
環境再生技術、閉鎖性海域、有明海・八代海、順応的管理、生物多様性