市民講座「有明海・八代海を科学する」(2004/2/26/木)
1.地球科学がひもとく近世以降の環境変化
2.堆積物データベースの果たす役割
3.最近40年の堆積物の変化
 地球科学がひもとく近世以降の環境変化 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 自然を研究する分野には、物理学、化学、生物学、地球科学があります。地球科学は、地球を対象に、過去の環境を知り、なぜ、どのように環境が変化したのか (原因と過程)、さらにどういう変化をするのか (規則性)を明らかにして、未来の自然の姿を描きます。このため、長い時間をかけて変化する環境を正確に捉えるために、現在の地球を様々な方法で調べています。

 私たちにとって、身近な海である有明海の環境は、最近急に変化したわけではありません。例えば、アサリの漁獲量は30年前から徐々に少なくなり、現在ではあまり採れません (熊本県水産資料)。有明海に限らず、人間の生活や活動による海の環境変化は、世界中で問題になっています。良い環境を取り戻すためには、現在の環境だけでなく、社会の変化とも関係づけて原因を明らかにすることが必要です。

 季節毎に活動する生物が違うことを利用して、毎年の記録から気象の長期変化が調べられています。海の環境は、周辺の陸域の環境とも密接に関係しています。したがって、海の生物や陸から運ばれて海底に堆積した泥、砂や礫 (これらは堆積物と呼ばれます)にも、陸と海の環境が記録されます。日本では、不十分な水質記録しかない近世以降の百年以上に及ぶ環境変化を化石や堆積物を利用して復元する研究が、1990年代後半から進められています (図1/pdf・220kb)。

これまで有明海の堆積物の分布は、1967年と1979年に調査されました。2つの記録を比較すると、1970年代の変化がわかります。さらに現在の堆積物を調査すると、1980年から2003年までの23年間に起きた海底の変化が明らかになります。そこで、2001年11月から熊本大学沿岸域環境科学教育研究センター・理学部、長崎大学教育学部・水産学部、島根大学総合理工学部が共同して、有明海の調査が始まりました。
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 堆積物データベースの果たす役割 ◆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 皆さんは、生物の様々な知識を、図鑑や本の絵や写真や説明から得ることができます。生物と同じように、泥、砂や礫 (れき)の特徴や性格についても、石の図鑑や本で知ることができます。しかし、直径が同じ砂の粒子でも、砂漠と海岸では色や形が異なります。もし、世界のすべての砂について、本を作るとしたら膨大な種類になってしまいます。このため、「星砂」や「ウグイス砂」などめずらしい色や形の砂を除いて、普通に見られる砂の写真はとても少ないのです。

 一方で、世界中から膨大な数の堆積物が、研究のために採集されています。国際共同で研究が進められている深海掘削計画 (ODP)のように数千億円規模の研究では、採集された全ての岩石試料は、写真と特徴の記録が報告書に収められ、国際的に定められたコアセンターのような施設に保管されます。しかし、一般の大学ではスペースの関係から、一部を除いて、研究が終わると試料は廃棄されます。このため、試料に関する様々な記録は、論文や報告書として一部は公開されますが、大部分はやがて忘れ去られてしまうことになります。
 しかし、多くの人が、有明海に生息する生物の分布や生態に影響を与える堆積物について、興味をお持ちだと思います。堆積物の現状を知っていただくため、また環境問題が発生した時に比較できる資料として、画像として残すことにしました。そのために、採泥器の中の堆積物、そこから採集された分析処理前の表層試料 (海底から深さ1cmまで)とフルイにかけて残った砂、礫および生物の殻を接写しました。

画像をデータベースとして整理すると、多くの目で現在の海底を観察することになります。皆さんも、これを手始めに地球や環境について学べば、論文や報告書の内容を生活に役立てることもできるようになります。図2(pdf/54kb)は、このデータベースと熊本大学および地域社会における教育・研究との関係を示し、さらに今後の社会にたいする効果と見通しも表しています。

 理学部、工学部および大学院自然科学研究科では、有明海・八代海の自然環境を研究しています。そして大学の教養や専門の講義や市民講座を通じて、最新の成果を公開しています。このデータベースは、地球科学や環境科学の講義で教材として使用されているものです。データベースを総合的学習や生涯教育などの学校教育で活用すれば、地球科学が地元の環境問題を解決するために役立つことが、おとなも子どもも理解するようになるでしょう。多くの人が自然に興味を持ち、地球の営みを理解することは、環境変化を早期にとらえることにつながります。
 また、製作過程を公開することで、同じ方法で記録された画像が蓄積されます。異変が起きた時に、画像を比較することで適切な対応策も立てられます。こうしてデータベースによって大学と地域社会が常に情報を共有することができ、地域の課題を共同で研究する新しい体制ができるようになりましょう。
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 最近40年の堆積物の変化 ◆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 データベース (「がらかぶ」が見た有明海の風景−環境変化をとらえるための表層堆積物 (底質)データベース?)は、2004年3月30日に発行 (500部限定)されます。堆積物の写真を採集地点の緯度・経度で配列すると、魚が見ている海底の世界になるわけです。表題の「からかぶ」は、天草の海で捕れる白身魚の「かさご」の熊本県での呼び名で、長崎県では「あらかぶ」と呼ばれます。地元では、刺身や唐揚げやみそ汁などに調理され、冬の味覚として親しまれています。魚になった気持ちで図面と画像を見ていただきたいので、この名前を表題に入れました。詳細は、それをご覧ください。

 今回の結果と、鎌田 (1967)および木下ほか (1979)とを比較すると、堆積物や含泥率 (堆積物に直径63μm以下の粒子が含まれる割合)に違いがあります。これは、最近の約40年間の変化を示しています。
 諫早湾では、シルト質の堆積物が1967年には湾口から東に突出して分布していました。しかし、 1979年には、含泥率30%以下の細粒砂が分布し、反対に湾奥に向かって広がっていました。2001年には、含泥率40%以上の中粒砂が湾奥に向かって分布しており、 1979年の分布とよく類似していました。しかし、シルトの割合が、23年間で10%以上高くなっていました。

 島原湾では、島原沖と横島町沖で顕著な堆積物の変化が認められました。
  島原沖には、1967年には貝殻の破片を多く含む粗粒砂から礫が分布し (鎌田、1967)、1979年にはシルトが10%以下の中粒から粗粒砂が報告されていました (木下ほか、1979)。したがって、1967年から1979年の12年間で堆積物をつくる粒子の直径が小さくなっています。それから23年を経過した現在、堆積物は40%以上のシルトを含み、粒子がより細かくなっています。この海域の東では、粗粒砂を厚さ約2cm以上のシルトが被覆しています。緑川沖では1年間に厚さ約1mmの割合で堆積物がたまるので (塚脇ほか、2002)、この被覆には、20年を要していることになります。

 さらに、熊本側では、強い硫化水素臭を伴うシルトが、横島町沖から南西に湾中央に向かって、線状に分布していることが、今回の調査でわかりました。島原湾で発生しているこの現象は、木下ほか (1979)には報告されていないことから、堆積の割合を考えると、1980年以降に発生したと考えられます。
 さらに、市民講演に参加された皆様に、データベースを使用していただき、改善のための有益なご意見をいただきました。心よりお礼申し上げます。
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