プロジェクトリーダー:逸見泰久・くまもと水循環・減災教育研究センター沿岸環境部門教授
熊本大学が、長年にわたり取り組んできた有明海・八代海の自然環境に関する研究・教育を、流域圏を重視する視点で推進する。その際、市民・行政・他大学等とのネットワークを構築し、地域の課題に、自然環境・社会環境の両面から取り組むことで、「豊かな自然環境の再生・創生」を目指す総合的・実践的な研究・教育を行っていく。特に、八代海に流入する球磨川流域に重点を置き、「球磨川流域モデル」を構築する。八代海は、国内で最も閉鎖度の高い内湾で、水質の悪化や漁業生産の低下が著しいが、流入する一級河川は球磨川のみで、八代海全域を「河口域」として把握可能である。本プロジェクトでは、球磨川流域の自然環境の高精度かつ定量的・面的な把握、地域課題の抽出、球磨川流域・長島町(八代海南部)を対象とした地域づくりとネットワーク構築を行う。なお、研究の成果は、流域・沿岸域に多くの問題を抱えるアジア・アフリカ等の国々にも貢献するものである。
有明海・八代海沿岸域が抱える自然環境の課題に応えるために、学際的・複合的かつ広範な研究分野のアプローチを通して、豊かな自然環境の再生・創生に向けた研究・教育と社会政策の提案を行う。理学・工学・社会学等にわたる学際的学術研究の展開と実証実験を行い、豊かな生物生息環境の再生・創生のための総合的・実践的な研究と、事業を通した人材育成を行う。
広大な干潟・潮位差・閉鎖性など、独特の自然環境を有する有明海・八代海は、気象・海象・地象の要素に生態系が加わり、さらに内陸からの人為的影響を大きく受ける複雑な環境系である。特に両海域は、国内の他の内湾に比べて閉鎖性が強く、河川流入水負荷率も高いため、水質の悪化が顕著で、赤潮も頻発している。また、多くの流入河川では近年まで砂利採取が行われ、さらにダムの影響もあって、海域の泥化が進行している。このような環境を改善するには、河川からの流入負荷や土砂流動など流域生態系を重視した研究を行い、その上で自然環境の再生・創生策を策定する必要がある。しかし、有明海・八代海の多くの「流域圏」では、過疎化・少子高齢化が進行し、地域社会の維持すら困難になっている。そのため、自然環境・社会環境の両面から地域を研究していくアプローチなしに、自然環境の再生・創生は難しい。
また、このような実情に即した地域社会のための総合的・実践的な研究こそ、地方に立地する総合大学の責務である。
有明海・八代海の自然環境悪化に対して、国も研究者も具体的な再生策を示せないまま、時間が経過している。両海域は、広大な干潟・潮位差・閉鎖性など独特の自然環境を有する特殊な海域であり、水質・底質の悪化、赤潮の頻発、沿岸開発による生物生息環境の劣化が著しい。このうち、八代海は、これまで十分な調査・研究が行なわれていなかったが、我々の研究プロジェクト(平成23〜27年、生物多様性のある八代海沿岸海域環境の俯瞰型再生研究)により、自然環境悪化の現状と、再生のための方向性が明らかになってきた。
今後、両海域の自然環境の再生・創生を図り、"自然環境と調和した美しい地域社会づくり"を進めるために、これまで熊本大学が長年取り組んできた有明海・八代海の沿岸域の自然環境に関する研究・教育を、流域圏を重視した視点で推進することに加えて、自然環境を定量的・時間的・面的、かつ高精度に把握する必要がある。また、自然環境の再生・創生策を効果的に実施するためには、自然環境・社会環境の両面から地域を研究していくことが不可欠である。そのため、本研究は、「自然環境の解明」、「環境変動の評価と予測手法の開発」、「自然再生・創生技術の開発と実証」、「豊かな地域づくりと人材育成」の4つを主要テーマに総合的・実践的な研究を進展し、「自然環境・水産資源」・「安全・防災」・「開発・利用」・「地域づくり」の調和の元に、真の環境再生と地域環境創成を行うという点に独創性・新規性がある。なお、両海域の環境特性把握には、新造された実習研究船「ドルフィン スーパーチャレンジャー」を有効に活用する。
わが国で最も閉鎖性が高く、環境悪化の著しい有明海・八代海が抱える自然環境・社会環境の緊急かつ重要な課題に対し、これまでの研究・教育等の実績に基づき、「有明海・八代海の豊かな自然環境・社会環境の再生・創生」を目標に、従来は学術領域として分離していた「自然環境」(生物多様性が豊かで、水産資源の豊富な沿岸域)、「社会環境」(快適で安全・安心な社会)の両面からのアプローチにより、以下の研究を行う。
このように本研究プロジェクトの目的は、地域が切望する海域環境の再生、防災に関する高度な科学技術の開発と、環境と防災の調和した総合的視点を持つ人材を育成することであり、新成長戦略の「観光立国・地域活性化戦略」に掲げられている『地域資源を最大限活用し地域力を向上』を実現するための人材育成にも寄与するものである。
さらに、海洋資源の保全や海洋再生などの環境対策に寄与できる人材育成を通して、グリーンイノベーション推進のための人材養成に寄与するものである。
実施主体は熊本大学で、主に熊本大学くまもと水循環・減災教育研究センター沿岸環境部門の教員を中心として、熊本大学大学院先端科学研究部及び熊本大学政策創造研究教育センターなどの教職員が加わる。
また、熊本高等専門学校(八代市)、国立水俣病総合研究センター、八代市、やつしろ里海ネット(複数のNPOからなる市民団体)、日本野鳥の会熊本支部、次世代のためにがんばろ会(八代市)の協力の下に実施する。この他、熊本大学の拠点形成研究「閉鎖性沿岸海域環境における環境と防災、豊かな社会環境創生のための先端科学研究・教育の拠点形成」グループやくまもと水循環・減災教育研究センター沿岸環境部門の約30名に及ぶ学外協力研究者の支援体制も整備されている。
熊本大学政策創造研究センタープロジェクト「有明海・八代海の生物棲息環境の評価・保全・再生」(平成17~19年度)、文部科学省科学技術振興調整費「有明海生物生息環境の俯瞰型再生実証試験」(平成17~21年度)、「生物多様性のある八代海沿岸海域環境の俯瞰型再生研究」(平成23~27年度)等で得られた有明海・八代海に関する研究成果や充実された研究設備および学内外の連携組織体制を活用する。八代海の球磨川流域をモデル地区として重点的に調査・研究することで、効率化を図る。また、学内外(他大学、国・県・市町村、市民団体等)の調査・研究に関わる協力やデータの提供により、国費負担の抑制を図る。
本研究は、有明海・八代海沿岸域が抱える自然環境・社会環境の課題の解決に大きく貢献するものであり、わが国の政策目標でもある「安心・安全で快適な社会の構築の達成」や「生物多様性のある環境創成、水産資源の増加による地域活性化」などに大きく寄与するものである。具体的には、以下の貢献が期待される。
地域の重要課題である「自然再生」と「防災」に関する高度な科学技術の開発、及び「豊かな地域社会の創生」に向けた政策提言を通じて多大の社会貢献が実現できる。これらの科学技術は広く国内外へ向けての環境・防災問題への範となり、研究の進展を通じて開発された技術は、「防災産業」・「環境産業」として産業振興に寄与することが期待できる。
本研究の最大の特色は、これまでの多大な研究実績と膨大な資料・情報に基づき、環境と防災の調和した「豊かな沿岸環境の再生・創生のための総合的・実践的研究」を行い、海域環境の「具体的な改善策」を提言することにある。また、同時に、学生・市民・行政と協働して問題に取り組むことで、閉鎖性海域の環境と防災問題および地域社会形成に関する学際的で総合的視点を持った人材の育成を行う。さらに、研究成果は、世界各地の同様の問題を抱える国や地域の沿岸域における将来の指針を与えるものである。
本事業は、本学が長年にわたり取り組んできた閉鎖海域の自然環境と防災にかかわる研究・教育の実績を基として、さらに、研究者個人が取り組んでいる個々の研究を「総合化」し、海域環境と防災にかかわる多様な学術研究・教育機能の充実と展開を推進することにより、効率的・効果的な研究成果を得るものである。
計画終了後も、本事業により実施された取り組みに対し、本学の研究者や自治体が各々モニタリングを行い、また、本学がデータの取りまとめ及び分析を実施し、更なる有明海・八代海の再生・創生に向けた取り組みを自助努力で進めていく。また、同時に、事業計画期間中に構築した、市民・行政・他大学等を取り込んだネットワークをさらに展開することで、より継続性・発展性のある事業としていく。さらに、海外についても、より多くの国・地域との連携を強化し、より効率的・効果的な国際共同研究・国際貢献を進めていく。
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